vol.40 面倒なチューニング

弦楽器は通常、チューニングの際、各弦のピッチは決まっているものです。

私が弾いているコントラバスだって、勿論決まっているものなのですが、

場合によってはチューニングを変更しないといけないことがあるのです。

「え、それって、どういうこと?」

 

 

左の楽譜にあるように、

コントラバスは通常のチューニングは、高い音から

ソ(G)・レ(D)・ラ(A)・ミ(E)とされます。

(アルファベットはドイツ語による音名表記。)

オーケストラで使われます5弦コントラバスになると、さらに低い音として、

ド(C)とか、シ(H)という具合にチューニングされます。

このチューニング、コントラバス業界では、オーケストラチューニングと呼びます。

ところが、コントラバスがソロを弾く際、このオーケストラチューニングから全音高く(つまりは、長2度高く)したピッチで演奏することが極めて多いのです。

要するに高い音から、

ソ(G)→ラ(A)、レ(D)→ミ(E)、ラ(A)→シ(H)、ミ(E)→ファ♯(Fis)

と変更されます。

これを業界的にはソロチューニングと呼びます。

そして、このチューニングで演奏する場合の楽譜が大変なことに。

楽譜にある音はド(C)だったとしても、それを弾いたらレ(D)の音になるということなのです。

移調楽器を演奏している方には馴染みのあることなのですが、要は in D の楽譜を演奏することとなるのです。

 

 

 

ところで、先述したコントラバスのソロチューニングみたいに、

弦楽器が通常のチューニングではなく、変則チューニングをすることを、

スコルダトゥーラ(scordatura : イタリア語)と呼びます。

特殊なことですから、弦楽器奏者にしてみれば、なかなか慣れないことで、苦労が多いことと思われます。

でも、このことは、やはりその曲の演奏上、実に効果的なことなのです。

私が演奏してきた曲から、その効果を語ってみたいと思っています。

 

 

サン=サーンス/交響詩「死の舞踏」

この曲はコンサートマスターが独奏ヴァイオリンを担当する、実にカッコいい曲。

その独奏ヴァイオリン、左の楽譜のように、

第1弦を通常のミ(E)から半音下げてミ♭(Es)にします。

この効果は絶大なものでして、このチューニングの開放弦をそのまま音にした曲の冒頭部分なんか、

死神のムードが支配しまして、

楽曲のキャラクターを上手く活かしたスコルダトゥーラのケースだと思います。

ただ、このチューニングを準備するのが大変ですね。

だって、第1弦と第2弦の音程は短5度というものでして、チューニング作業が面倒なことなのです。

まあ、現代の時代ならチューナーを使えばいいのでしょうが、それでも大変なこと。

あ、私はこの曲、昔からいろんな関わり方があったので、とっても思い出深い作品なのです。

 

 

バッハ/無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調

この曲のチェロ、バッハは第1弦を通常のラ(A)から1音低くソ(G)にするように指定しています。

このチューニングでの演奏は大変難しいらしいのですが、私は一連の無伴奏チェロ組曲の中から、この第5番を過去に何度か取り上げてきました。

というのも、この変則的なチューニングによって、第1弦と第2弦の音程が完全4度となり(すなわちソ(G)とレ(D)の間隔)、

この音程が、コントラバスの調弦方法による音程と同様になるのです。

ただし、私がこの曲を演奏する際はハ短調ではなくト短調に移調して演奏してきましたが、

この変則性がコントラバスに上手く適合していたのかなあと感じています。

そろそろ、この曲も再演しないといけないかなあ。

 

 

シューマン/ピアノ四重奏曲より第3楽章

特にこの第3楽章がとっても美しい音楽でして、

よくアンコールピースとして、この楽章だけ取り上げられることもあるとか。

私が組んでいます「クラリネット、コントラバス、ピアノの愉快なトリオ」の今年3月の公演で、アンコールとして取り上げました。

本来なら4人必要な奏者を、3人用にアレンジしての演奏でした。

私はチェロのパートとヴィオラのパートも演奏するということをしたのですが、

上記にあるチェロのパート譜には、曲の途中で最低音のド(C)の音を1音下げてシ♭(B)にしなさい、みたいなことが書いてあります。

勿論、私がコントラバスで演奏した際、このシ♭(B)は容易に出せますので、極めて自然に表現出来て、気分がよかったのですが、

これ、実際のチェロ奏者はどうしているんでしょうかねえ。

私がこれまでに見てきた演奏会では、この楽章の途中で音を下げている行為は見たことがありません。

第2楽章が終了して、第3楽章に入る前にチューニングしていることをよく見ました。

そして、第4楽章に入る前に、また元の音に戻すという面倒な作業をしなければなりません。

あまりの大変さからか、もうこの音を下げる作業をあきらめて、低いシ♭(B)の音は出さず、第3弦で出せる普通のシ♭(B)しか弾かないといったものもよく見ました。

それだけ大変な作業ですが、この楽譜に書いてある通りに音が出た場合、本当に素敵な響きとなって、やはり効果絶大ですね。

この作業が嫌だけど、でもこの低い音が欲しい場合、ここだけコントラバス奏者に出演してもらう方法がありますね。

でも、そんな光景、今まで見たことも聞いたこともありません。

そりゃそうか、コントラバス奏者の出番はたったの1音だけなんて、不経済ですものね。

 

 

スコルダトゥーラは、とにかく大変なのです。

でも、リスクはあっても、得られた効果は絶大。

弦楽器奏者は、その技法にも慣れないといけないのでしょうか。

実は、昨年2月に弾いたシュルホフ/フルート、ヴィオラとコントラバスのためのコンチェルティーノも、第3楽章は最低音を下げないといけないはずだったのですが、当時はそれを避けての演奏でした。

面倒なだけでなく、演奏も難しくなりまして、断念したのでした。

でも、いつになるかはわかりませんが、この曲を再演する際は、

勇気を持ってチューニングを変えてスコルダトゥーラを実践してみよう!

 

2016.12.19