vol.8 ブラームスの思い出~その2~

ヨハネス・ブラームス
ヨハネス・ブラームス

前回のコラムでは、ブラームス/ドイツ・レクイエムを取り上げました。

こんな巨大な曲を取り上げて、次にどんなことを書くのかと思われるかもしれませんが、

次に取り上げます曲もなかなか巨大であります。

その曲、それは交響曲第1番であります。

この曲、私の音楽人生におけるウェイトがかなり高いものだったのです。

今回はやや長文でありますが、その思い出について語ります。

 

ブラームス/交響曲第1番冒頭の楽譜
ブラームス/交響曲第1番冒頭の楽譜

ブラームス/交響曲第1番は、クラシック音楽を好む方なら本当によく知られていて、また人気の高い曲だと思われます。

以前、テレビドラマで「のだめカンタービレ」というものがあって、そこでもこの曲が取り扱われたこともあったようです(というのも、私はこのドラマを全く見ませんでしたので、データとして知っている程度ですが)。

この曲が人気な理由、

それは「暗から明」という楽曲構成が聴衆にわかりやすいからなのか(日本人好みとも思われますが)、

ブラームスがベートーヴェンを強く意識していて、この曲の作曲に着想から20年以上もの歳月を費やして完成したという作品存在の重さからなのか、

とにかく凄い名曲でして、恐らくは交響曲史上屈指の名作の一つと断言してもいいくらいのものだと思います。

これは聴衆としての意見だけでなく、オーケストラ奏者としても、指揮者としても非常に魅力溢れる素晴らしい曲であって、

演奏体験を持つことはとてつもなく素晴らしいことなのではないでしょうか。

 

 

1989年、私が大学1年生の時でした。

この頃はまだ一般大学生(同志社大学)でして、大学のオーケストラに入団しないで、

15歳の頃から在団していた地元のアマチュアオーケストラにて活動をしていました。

この時はコントラバス奏者だけでなく、なんとこんな若造なのに指揮者としても活動していたのでした。

その頃の選曲会議において、その翌年秋の定期演奏会にてこの曲を演奏することが決まり、私がその曲を指揮することが決まったのでした。

こんな素晴らしい曲を指揮者として体験できるなんて!

アマチュア時代の私にとってはまさに狂喜乱舞の心境。

 

ところが、理由は今でも語れませんが、1989年12月末に私はこのオーケストラを退団したのでした。

このことにより、この名曲を指揮する機会を失ったのでした。

それだけではなく、音楽そのものを辞めようかとも思う時期も出てきました(ただ、結局は辞めないで復活しましたけどね)。

この後、1994年に指揮者として正式デビューを飾るまで、指揮活動はほぼストップ状態となりました。

そして、この曲に触れることすら避けていたのでした。

ブラームスの作品をとにかく好んでいた私でしたので、オーケストラ奏者としても彼の作品を弾くことは多くあったのですが、

とにかく、この曲だけは逃げていた自分が長い期間あったのでした。

 

 

2007年夏、あるアマチュアオーケストラから客演指揮のオファーを頂きました。

大変名誉のあることなので、すぐに引き受けるべきでしたが、一瞬引き受けるかどうかを迷ってしまいました。

依頼の演奏会での曲目メインがブラームス/交響曲第1番だったのでした。

過去に大きな挫折を経験したトラウマが蘇りました。

断ることも一瞬考えたのでしたが、

「折角頂いた機会、ここで自分自身が抱いていたひっかかりを取っ払って、精神的にも成長をしてみせよう」と捉え、勇気を持ってこのオファーを引き受けました。

ちなみに、この時の演奏曲目、ブラームス/悲劇的序曲、モーツァルト/交響曲第31番「パリ」とこの曲でした。

 

 

このアマチュアオーケストラとの付き合いは2007年12月から2008年3月の公演までの間でした。

この間、練習回数にして6日間を費やしました。

このオーケストラがアマチュアながら大変素晴らしい演奏能力を持っていましたこともあって、この名曲に関われることに大きく歓び、幸せに感じていましたが、

同時にこの巨大な名曲に対峙するにはあまりにも未熟であった自分自身にも気づいていました。

やはり、一筋縄ではいかない大きな試練と困難が私の身に降りかかっていたのでした。

逃げ出したい、でも、この素晴らしい名曲に関わりたい、いろんな思いが複雑に絡んでいましたが、

必死になってスコアリーディングをするなり、

ピアノで弾いてみて勉強するなりして、指揮者としての準備を重ねていました。

今になって思えば、大変有意義な経験をさせてもらい、当時のオーケストラのみなさんには大きく感謝している次第です。

 

 

本番、実は大変に素晴らしい演奏となりました。

ある団員の方曰く「曲の終わりになっていくと、もう泣きそうになって楽譜が見えなくなりそうだった」とか、

「なんで自分達が演奏していて、こんなに震えてしまうのだろうか」とか、

凄いエネルギーとなったようでした。

確かに、涙目になっている方が弦楽器の中にもおられたことを記憶しています。

私もなんだかわからないのですが、異様な気分となりまして、全てが終わってみると、

「ああ、もうこの曲ともお別れか」といった淋しい気分になったり。

 

 

指揮者としてのキャリアはそれほど多くない私でしたが、

この貴重な体験は音楽家としての精神的成長に大きく寄与する結果となりました。

そして、大きな自信となり、それまでに抱いていたトラウマとわだかまりを取っ払うことが出来たのでした。

これも、崇高なる楽曲があったからなのでしょうか。

この曲、今でも演奏を聞くと涙腺が緩んできます。

 

 

次回はコントラバスソリストとして関わったブラームスについて語ります。

 

2013.6.14