vol.25 モーツァルトが描いた低音の世界~その5~

<5>~ザラストロのアリア~

 

コントラバスの話ではありませんが、これがやがて関連してきますので、ここでは「魔笛」の原曲の話を書くこととしましょう。

「魔笛」の登場人物では、

極めて重要な役である高僧ザラストロ。

域はバス。

この重要な役どころにモーツァルトは2つの重要なアリアを用意しています。

その2曲とは以下のとおりです。

 

  第2幕第10曲合唱つきアリア「おおイシスとオシリスの神よ」

  第2幕第15曲アリア「この聖なる殿堂では」

 

この2曲は低音が豊かなバッソ・プロフォンド歌手にとって重要なレパートリーのひとつでもあります。

というのも、声楽の世界でもバスの曲は他の声域の曲数よりも極端に少なくなってしまい、このようなアリアがバス歌手に重宝されることは、ごく自然な成り行きなのかもしれません。

確かに、器楽の場合でも、低音楽器になればなるほど、このような現象は付き物です。

コントラバスも例外ではありませんね。

まあ、例外はチェロぐらいでしょうか。


 

パウル・ヒンデミット
パウル・ヒンデミット

さて、合唱つきアリア「おおイシスとオシリスの神よ」と、

アリア「この聖なる殿堂では」について、

少しだけコントラバスとの関連を記述することとしましょう。


といいますのも、

20世紀前半を代表するドイツの作曲家パウル・ヒンデミット(Paul Hindemith 1895-1963)がその主題をそのまま引用して1927年に極めて私的な作品を作曲しているのです。

その曲名をあえて書くなら

無伴奏コントラバスのための作品というべきかなあ?

おそらくはヒンデミットの夫人がアマチュアのコントラバス奏者でもあったことから、

彼女のためにプライベートに書かれた曲ではないかといわれています。

その作品が実に変な作品。

楽譜には時々変な台詞みたいなものが書かれてあって、

なのに音楽は無伴奏コントラバス。

勿論コントラバスですから、使用音域は極めて低く、

作品のほとんどが技巧的にはすぐに弾ける簡単なもの。

いうことで、先述のアリアをそのまま引用した部分は、

まさにア・カペラのように扱い、

「おおイシスとオシリスの神よ」の旋律が原曲よりも1オクターブ低く弾かれる、

「この聖なる殿堂では」ではかなり低いキーで調性を変更して弾かれるのです。

(ホ長調ではなく、ハ長調での演奏)

そりゃ、滅茶苦茶低い音で旋律が聞こえてきます。


私はこの曲の楽譜をドイツのショット社が出版している版で持っていますが、

実際にこの作品を実演してみようとは今のところ思いません。

だって、重低音だけのメロディーに語りが意味不明に付くというのは、

お客様の頭の上に?マークが浮かぶからですよ。

なかなかこの曲を人前で演奏するには勇気が必要です。

ただ、私はコントラバスレッスンでの教材として使用することが稀にあります。

 


ところで、なぜ「魔笛」のザラストロについて、ここで書かないといけないのでしょうか。

それは、「魔笛」初演時のザラストロ役の歌手と、あるコントラバス奏者が結びついて、

これまた珍しい曲がモーツァルトの手によって作曲されているからです。

いよいよ、このコラムの本丸といえる大切な曲を語る時となりました。

次回、いよいよこのシリーズの最終回です。

 

2014.5.2