vol.30 コントラバス弾きが語るグリエール

レインゴリト・グリエール
レインゴリト・グリエール

コントラバスソリストとして無視することのできない作曲家に、

レインゴリト・グリエール(1875-1956)がいます。

私にとっては非常に大切な作曲家でして、

その思いは並々ならぬものが。

実は来年2015年2月に、彼の作品を久しぶりに取り上げることとなりまして、これを契機にいろいろと思うことを書いてみようと思ったのでした。


ずっと昔から、グリエールはロシア人と思い込んでいました。

事実、音楽史の分類上、彼をロシア音楽のカテゴリーに組み入れていましたから、彼の人種的なことを気にしたことはまるでなかったのでした。

ところが、生まれた場所はウクライナのキエフ。

当時のウクライナはロシア帝国の支配下にあり、

ウクライナの独立が果たせたのは1991年のソ連崩壊後のこと。

そして、現在もウクライナは政情不安な状況となっています。

このことからも、民族問題というものは複雑極まりない難しい問題を抱えたものなのだなあと考えさせられます。

ただ、グリエール自身はウクライナ人というわけではありません。

お父さんはドイツ人、お母さんはポーランド人だったということと、

家系を見てもウクライナはおろか、ロシアの血も流れていないということなのです。

とはいえ、音楽を学んだのがモスクワ音楽院でしたし、

活動した地域はロシア革命以後もモスクワを拠点としていましたので、

ここはやはりロシア音楽の作曲家として見なすのが自然なことといえそうです。



セルゲイ・クーセヴィツキー
セルゲイ・クーセヴィツキー

ところで、コントラバスソリストにとって、実に貴重なレパートリーとなる作品を、グリエールは残してくれました。


まずは1902年に作曲した、

コントラバスとピアノのための2つの小品 Op.9

1曲目の間奏曲は静寂の中に抒情的な調べが魅惑的な曲、

2曲目のタランテラはコントラバスの超絶技巧曲。


そして、遅れて1908年に作曲した、

コントラバスとピアノのための2つの小品 Op.32

1曲目の前奏曲は切れ切れにコントラバスとピアノが心地よいダイアローグを展開する幻想的な曲、

2曲目のスケルツォは躍動的なリズムが特徴でスケールの広い曲。


これらの曲、ロシアのコントラバス奏者であった

セルゲイ・クーセヴィツキー(1874-1951)のために書かれたとされています。

クーセヴィツキーという名前は、指揮者としての知名度の方が断然高いのでしょうが、

私たちコントラバス業界に生きる者としましては、

彼がコントラバスソリストとして活躍していたこと、

彼もコントラバスのための曲を書いていることなどから、

当然無視するわけにはいかない人物です。

ただ、ここでは彼のことに関する記述はここで止めておきましょう。


さて、グリエールが残した一連のコントラバス曲、私は一時期よく取り上げていました。

だって、どれもロマンあふれる音楽で、とっても素敵なのですから。

また、私がコントラバスソリストとして活動開始したきっかけを作ってくれた曲ですから、

当然思い入れは強いものです。

1996年から2005年までの間に相当弾いてきました。



フランク・プロト
フランク・プロト

好んで弾いてきたグリエールの作品に対して、コントラバスのオリジナル作品だけでは物足らなくなってきた私は、彼の他の作品にも注目するようになりました。

そんな中、ひとつの作品に出会います。

アメリカの作曲家フランク・プロト(1941- )が編曲した

ヴァイオリンまたはヴィオラとコントラバスのための組曲

グリエールの作品にはこのようなタイトルのものはなく、

これはヴァイオリンとチェロのための8つの小品 Op.39が原題。

ただ、このタイトルも場合によっては小品を二重奏曲とすることもありますけど。

原曲の作曲年は1909年、20世紀でもまだまだロマン派の匂いが充満しています。


要するに、プロトはグリエールの原曲から、5曲抜粋して、ヴァイオリンはヴィオラでも演奏できるようにして、なおかつチェロをコントラバス用に書き換えたのでした。

それでは、その楽曲の構成がどうなっているのか、少し説明いたします。


原曲である8つの小品の曲名は以下のとおり。

プロトの編曲で使われた曲には*印を入れました。

第1曲:前奏曲*

   ヴァイオリンのG音の持続音の上でチェロが歌いだすのは極めて印象的。

第2曲:ガヴォット*

   実にかわいい音楽。中間部はまるでスコットランドのバグパイプのような音楽。

第3曲:子守唄*

   弱音器を付けた弦楽器が眠りの音を語る口調は美しい。

第4曲:カンツォネッタ

   チェロのアルペジオの上でヴァイオリンが歌いまくる。

   このアルペジオ、確かにコントラバスでは演奏不可能。

第5曲:間奏曲*

   8分の6拍子の優雅な音楽。

   ただ、これをコントラバスが奏でると忙しさが半端でない。

第6曲:即興曲

   ニ短調の暗い影を感じる曲。

   旋律の裏で飾られる3連音符はコントラバスでは困難。

第7曲:スケルツォ*

   これを終曲と配置したプロトの考えは当然といえる。

   スケルツォとはいえ、かなりダイナミックな音楽。

第8曲:エチュード

   これは弦楽器奏者の刻み方の練習のような曲。

   確かに、この曲で終わりにするのは気持ちの上では難しいかもしれない。


プロトがなぜ5曲構成にしたかは、楽譜を見れば一目瞭然。

採用されなかった曲は技巧的に困難なことが大きな要因でしょう。

それと、組曲としての有機的関連を持たせるのに、この5曲抜粋が最適ともいえるのかもしれません。


私がこの作品を取り上げるようになったのは2005年から2007年の間の3年間。

合計4回取り上げました。

取り上げる都度、私はいろいろと改訂作業を行いました。

だって、ヴァイオリンとうまく調和するにはどうしたらいいのか、

音域が離れているコントラバスにとってはなかなか悩ましい作業なのです。

でも、お互い弦楽器同士、うまく調和するとそれはそれは気持ちのいい響きになります。

これは、デュオとしての楽しみと、弦楽器奏者だから得られる快感なのでしょう。


ということで、8年ぶりにグリエール作品を演奏します。

今度はどんな楽しく美しい風景が待っているのでしょうか。

私もまたまた更に改訂をして、解釈を練っていきたいと思っています。

あわせ練習の日程はまだ先のことですが、楽しみで仕方ありません。


2014.12.8